はじめに
あなたにとって、仕事とは何のために行うことですか?
お金、自分、家族、会社、顧客、世の中、夢…
人それぞれの考え方があるでしょう。
この「○○のため」という考え方は、あなたの人生を左右します。
”お金のために必死になって働いていたら、体を壊してしまった”
”家族のためを思って一生懸命に働いていたが、肝心の家族と過ごす時間を失ってしまった”
このようなことは、世の中に往々にしてあります。
「○○のため」という目的設定は、あなたの健康や家族関係に重大な影響を及ぼす重要なものであるということです。
働く目的に関する寓話『3人のレンガ職人』
また、仕事の目的に関してこんな寓話があります。
中世ヨーロッパの3人のレンガ職人の話です。
建築現場に3人の男が働いていました。「何をしているのか?」と聞かれ、3人の男はそれぞれこう答えました。
『レンガを積んでいる』『金(かね)を稼いでいる』『後世に残る町の大聖堂を造っている』
10年後…
1人目の男は、変わらずレンガを積んでいました。
2人目の男は、より稼ぎはいいが危険を伴う仕事をしていました。
3人目の男は、多くの職人を育て、完成した大聖堂には彼の名がつけられました。
(参考:「働き方の哲学」村山昇)
同じ「レンガ職人」という仕事をしていた彼ら。
しかし、10年後には3人に大きな違いが生まれています。
ここで注目していただきたいのは、彼らの目的の違いです。
1人目の男には、明確な目的がありません。それでも目的を強いて挙げるならば、「やらないと生きていけない」という”自分”のためのものでしょう。
2人目の男には、”お金”という目的がありました。より詳しく見ていけば、”家族”のためなどという目的も出てくるかもしれませんが、仕事それ自体の直接的な目的は”お金”のためでしょう。
3人目の男には、”夢”や”志”という目的がありました。別の見方をすれば、”功績”や”作品”のためという側面があるとも考えられます。
3人の目的の違いが、未来を大きく左右したのです。
今回の記事では、”仕事の目的”を大きく4つ(死事、私事、仕事、志事)のレベルに分類し、仕事観について考察していきます。
この内容は、すでに何かの職業に就いている方にはもちろんのこと、これから社会に出る学生のみなさんにも大切にしていただきたいものです。
進学、就職、転職、起業…
キャリアについて考えるすべての方にとってのバイブルとしてお読みください。
”仕事の目的”の4段階

”仕事の目的”を大きく4つ(死事、私事、仕事、志事)のレベルに分類し、それらのイメージをピラミッド型のモデルとしてまとめました。
なぜピラミッド型のモデルになっているのか。
それは、これらが低次の目的(死事)からより高次の目的(志事)へと段階を踏んで変化(成長)していくものであるためです。
ここからは、死事、私事、仕事、志事という4つの仕事観について具体例を挙げながら解説していきます。
そして、本記事の後半では”志事”を目指すことの意義とそれによって得られるものについて述べていきます。
死事-身を滅ぼす危険なシゴト-
まず始めに解説していくのは、”死事”です。
なぜ「死」という言葉を用いるのか。これには2つの意味があります。
それは、
①心身へ悪影響が及ぶため(肉体的な死に近づくという側面)
②自分の感情を殺して働くため
というものです。
それぞれ具体例を挙げます。
①心身へ悪影響が及ぶため
- 苦行としての仕事
- 身を削って行う仕事
- 心身を病む仕事
心や体の健康を害してまで行う仕事は、”死事”に分類されます。
心や体をボロボロにしてまで働いてはいけないのです。
”死事”でどれほどのお金や成果を得られたとしても、肝心なあなたが倒れてしまっては意味がありません。
サケの産卵のように、命を懸けて自らの使命を全うする道を完全に否定するわけではありませんが、ほとんどの人にとって、この道は目指すべきではないでしょう。
文字通り、死んでしまってはいけないのです。
②自分の感情を殺して働くため
- 無になって行う仕事
- お金のための仕事
- 私事、仕事、志事に当てはまらない仕事
このようなものも”死事”に当てはまります。
これらは目的を見失い、お金のために心を無にして働くようなイメージです。
仕事をお金を稼ぐ手段として割り切るのならばこの道もありですが、仕事観として「お金のために仕方なく働く」が低次な発想であることはご理解いただけるかと思います。
私事ー「自分のため」の域を出ないシゴトー
利己的な仕事。これを”私事”といいます。
”私事”の例を挙げるのならば、
- 自分のノルマのための仕事
- 自分磨きレベルの仕事
となります。
自分の心身を顧みない”死事”の段階と比較すると、自己意識が生まれた点でより高次な仕事観であるといえます。
これは、”私事”では自らの成長も望めるためです。
そういった日々からは、充実感も得られることでしょう。
”わたしの成長”と”現在の充実感”から、「いま、わたし」の段階と呼ぶこともできます。
ここであえて「いま、わたし」という言葉を用いた理由は、これが後ほど述べる”志事”の概念へとつながっていくためです。
仕事-利他的なシゴト-
シゴトに利他的な視点が芽生えてきた段階が、馴染みのある”仕事”の段階です。
”仕事”が3段階目(上から2番目)であることに驚かれた方も多いでしょう。
”仕事”の「仕」は「仕(つか)える」ということを意味します。
「仕える」という言葉は、第三者を主語に置くことで初めて成立する概念です。
ここでは、利己的な”私事”よりも利他的な”仕事”の方がより高次の段階にあることについて、解説していきます。
”私事”の段階は、自身の成長につながるものでした。
ここで考えていただきたいのは、”私事”によって得られた成長はどのように活用されていくのかという点です。
ライティング技術、マーケティング技術、語学力、論理的思考力、トーク力、人間性…
”私事”を通してどのような力が身についたとしても、「他者とのかかわり」という側面がなければ、これを発揮する場もその意義もないのではないでしょうか。
つまり、「あなたがこの世界にたった1人であるのなら成長は必要ない」ということです。
そして、わたしたちの社会では誰もが例外なく多くの人とのつながりをもち、生きているということは揺るぎようのない事実です。
ですから、仕事や成長には”他者貢献”という要素があってこそ意味が与えられるのだといえます。
ゆえに、利己的な”私事”よりも利他的な”仕事”の方がより仕事の本質をとらえており、高次な段階なのです。
志事-夢や志のためのシゴト-
シゴトの目的の最終段階は、”志事”です。
”自分”の夢や志のためのシゴトなのだから、”私事”と大きく変わらないのではないかと思われた方もいらっしゃるでしょう。
しかし、”志事”という概念は”私事”との対比をすることで初めて理解することができるものです。
”私事”の段階を「いま、わたし」という言葉を用いて説明したことは覚えていらっしゃるでしょうか。
これに対し、”志事”は「未来、わたしたち」の段階であるといえます。
今だけでなく、未来を見つめる。わたしだけでなく、わたしたちを考える。
それが”志事”というものなのです。
「いま、わたし」と比べ「未来、わたしたち」では視野やビジョンの広がりがより大きなものとなっています。
”私事”のように自らの成長を”わたし”の中で完結させるのではなく、”志事”を通して将来世代(未来)も含めた”わたしたち”のために行う仕事にこそ、真のやりがいや大きな貢献感が得られるのです。
「未来に賭ける」からこそ、より良い自分やより大きな夢を実現することができるのです。
まとめ
今回は、仕事を4つの段階に分類し、解説してきました。
「レンガ職人」の寓話でも紹介した通り、同じ仕事を行ったとしても、目的をどこに置くかによって未来は全く違ったものになります。
”死事”と”志事”では、それを行なっている時点でのやりがいにも、その後の人生にも大きな差が生まれます。
”死事”から”私事”へ、”私事”から”仕事”へ、”仕事”から”志事”へ。
このように段階を踏んでより高次の段階へと変化(成長)していくことが大切です…といいたいところですが、最後に重要なポイントについて触れなければなりません。
それは、「はじめから志事を目指しても良い」ということです。
人生の時間は有限です。
「はじめのうちは苦労したほうがいい」と”死事”を強いる文化も存在しますが、それを何の疑いもなく信じてはいけません。
あなたが仕事を通して何かを得られるのは、”死事”ではなく”私事””仕事””志事”の段階なのです。
あなたがあなたらしく生きていくために、仕事観を見直していきましょう!
それでは!ありがとうございました!
【参考文献】
「働き方の哲学」村山昇 2018
「イシューからはじめよ」安宅和人 2010
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